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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(オ)560号 判決

大阪市阿倍野区阪南町中一丁目五四番地

上告人

難波甚三郎

右訴訟代理人弁護士

久保田美英

岡山県浅口郡里庄町

被上告人

佐藤光則

右当事者間の名誉毀損による慰藉料請求事件について、広島高等裁判所岡山支部が昭和三一年四月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求むる旨の上告申立があつた。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士久保田美英の上告理由第一ないし第三点について。

原判決は、その判示のような事態推移の後、上告人は判示関係者集合の席上において、自己が係争調停事件の代理人として選任していた弁護士である被上告人を、相手方である末永某と共謀して係争物件を不当に安価に売却させようとしている背任行為者であるという趣旨の、事実無根の事柄を放言、ひぼうしたとの事実を認定した上、右は上告人が過失に因つて違法に被上告人の権利を侵害したものであるから民法七〇九条による不法行為を構成するものであると判断したものであつて、当裁判所も右判断を正当として是認する。そして、右放言が刑法上の名誉毀損罪に成るか否かはこの場合問うところではないばかりでなく、右ひぼうが判示のような席上でなされた以上は、公然に行われたものと認めて毫も妨げなく、またその場合上告人が通常人の注意を用いたであろうならば、そのような放言は軽々しくこれをなさなかつたであろうと認めざるを得ないから、上告人は少くとも過失の責は免れないものと認めて差支がない。所論は右と相容れない独自の見解に座するか或は原審の専権に属する事実認定を非難するに帰するものであつて、到底採るを得ない。

第四点について。

しかしながら、上告人は所論抗弁事実を原審において主張した形跡がないばかりでなく、仮にその抗弁事実が陳述され、上告人主張のように被上告人の過失が認め得られたとしても、原審が判示慰藉料額を決定するに当つてその過失を斟酌するか否かは原審の自由な裁量に属することであるから(民法七二二条二項参照)、原審には所論の違法はない。所論は採用に値しないものである。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

昭和三一年(オ)第五六〇号

上告人 難波甚三郎

被上告人 佐藤光則

上告人代理人久保田美英の上告理由

第一点 原判示名誉毀損の事実の通り控訴人が「そんなことは考えていない云々これは背任行為である」旨の表現自体は民法第七百二十三条刑法第二百三十条第二百三十一条の名誉毀損行為の構成要件を具備しない故に右言辞を以て名誉毀損の表現なりとする原判決は理由不備の違法あるものであり破毀を値する。

按するに原審は民法第七百二十三条の名誉毀損と云ふ行為は前示刑法々条の名誉毀損の行為よりも広汎な領域を占めるものてあつて右刑法正条の外に苟も他人の社会的に承認された価値を損減する一切の行為と解するものの如し然れとも右民法第七百二十三条は不法行為に妥当する価値損減性行為換言すれは刑法上の名誉毀損の犯行を指称するものと解すべきことは学説判例の夙に認むる所なり然すれば原判示の如上控訴人の表現は到底控訴人の不法行為の認定事実としては不備不完則ち理由不備のものたるを免れず。

第二点 原判示は控訴人の被控訴人に対する誹謗が公然行はれたることを肯定して居らない則ち名誉毀損の事実認定の判文上の理由不備審理不尽の違法がある。

夫れ民法上不法行為を以て論せらるゝ名誉毀損なるものは公然行はれた表現たることを要することは今更言を俟たない、原判決は刑法上の犯罪を構成しないても苟も名誉感情を害する言詞は其れ自体違法の侵害てあるから夫れ自体のみて不法行為を構成するとの論拠により誹謗行為か公然行はれたか否やを眼中に置かす従ひて控訴人か昭和二十六年三月末頃岡山県矢掛町調停委員桑木源之助方にて同人及び調停委員黒岡友一と控訴人及び調停の相手方末永鉄一郎との四名会合の席上控訴人か大声で判示名誉毀損の言語を発したと認定するも此発言の行動か前示刑法法条の公然性を有するや否やについて説示する所かない則ち原審は此名誉毀損行為の認定理由に付いて其の不備あるものてあり他面審理不尽の存するものてある。

第三点 原審は控訴人の名誉毀損の言辞は其の犯意に因るものか又は過失によるものかの事実を確定せずして漫然控訴人に名誉毀損の不法行為ありたりと判示す是れ審理不尽理由不備の存するものてある又右事実認定に於て実験則に反する違法がある。

(一) 控訴人は原審に於て抗弁する通り被控訴人か調停事件て自分の代理人てありなから相手方の利益を計り自己に不利益な調停を成立させたのは不都合な男てあると言ふたに過きない判示に所謂共謀とか背任行為とか云ふ如き法律語を表現したことを断乎否定するものてある、原審は会合の席に在つた黒岡、桑木、末永等の証言を綜合して所謂共謀又は背任行為と云ふ言詞か控訴人により現実用ゐられたと認定するも共謀は兎も角背任行為に至りては控訴人に於て其法律上の意義を正しく理解して右同一表現を用ゐたとの証拠か明てあれは格別控訴人か背任行為と云ふ法律的表現をなしたこと自体よりして直ちに控訴人か其の法律上の意義を正解し由て以て被控訴人の名誉を毀損したりと認定するか如きは法律知識なき控訴人をば法律通の取扱する措置てある即ち此認定は実験則に反する無理な認定てあり此点に於て原判決には法令違反あり。

(二) 原審は控訴人の判示名誉毀損か控訴人の犯意に出てたりや否や又は過失に出てたるや否やを確定せずして判示行為は刑法上の犯罪を構成せずとも不法行為てある其の発言か興奮中になされても過失の責は免れないと判示す則ち犯意ありたりや過失ありたりやを確定しないのは理由に齟齬あり審理不尽てある殊に原審の認むる通り控訴人か興奮して居つたとする以上は其の心理状態に於て犯意ありと認める程度か又は之を沮却する程度の高度のものなりやは証拠により確定することこそ此種事案の審判に於ては実験則上正当の事理に属す。

上告人は主張する名誉毀損は意思行為てある過失による不法行為てはない然るに原審は民法上の不法行為に属する名誉毀損か過失によつても成立すると判示するに至つては其の法律見解の適正を缺くものてある此点に於ても原判決は理由不備たるを免れない。

第四点 原審は被害者たる被控訴人の過失の有無を審査せず従ひて之を斟酌しなかつたのは審理不尽の違法あるものなり。

控訴人は訴外末永鉄一郎に対し建物賃貸借の更新拒絶の為め期限来らは建物の明渡を求むる旨の調停の申立の代理を弁護士たる被控訴人に委任したものてある然るに被控訴人は此受任事務について更新期限経過後てあるのに拘はらず調停調書上係争家屋の明渡に関し何等の取決を為さず即ち委任事務について其の処理を尽さなかつたと云ふ契約不履行があつたものてある之れ重大なる過失てある而して控訴人か原審に於て抗弁する通り控訴人の好まざる売買を調停上取まとめることに控訴人を抑圧した之れは調停申立代理の委任契約に若し後日売買が行はれたら其の一割を被控訴人に交付すると云ふ如き廉直公正な弁護士ならは要求しない附随約款を附したるにつき控訴人の満足せない低価て末永(被控訴人の過去の得意先)に無理に売渡す旨の調停を成立せしめた控訴人は此調停は誤解に基き又真意に反するものとして直ちに再調停を申立てたのて前示黒岡方の会合となつた故に此当時に於て控訴人か明渡を目的とする調停事案の結末か調停調書に明示されないと云ふ被控訴人の失策と不利益調停についての被控訴人の不親切とを憤慨して被控訴人に対し侮辱的言語を発したとするも此挙に出づる素因をなしたものは如上被控訴人の過失てある故に原審は本件名誉毀損の生因を審査するに方りては被控訴人の弁護士としての品格事務上の誠実従ひて係争名誉毀損事件についての過失の有無を審査し如上過失を肯定するならんには民法第七百二十二条第二項により過失相殺の措置に出つべかりしものてある、然るに事茲に及ばなかつたのは畢竟控訴人の抗弁についての審判を遺脱し審理の不尽なりし結果てある。

以上

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